バイク乗りになるバックグラウンド

 私の父は仕事柄バイクに乗って、配達作業や、問屋への仕入れをしていました。
当時は車がまだ高価だった為、125ccカブの荷台に大量の商品を積んで往復60kmの道程を走っていた
そうです。
 またその頃の運転免許は、普通車の免許に大型自動二輪の免許が付いてくる時代だった為、大型バイク
も乗っていたようです。今も90カブに乗ってます。
 私の家の横はバイク屋さんです。子供の時は遊び場として、おじさんの仕事を眺めたり、吹かす音をただ
聞いていたり、訳も無くチャリンコのタイヤに空気を入れに行ったりしたもんでした。
 また、父のカブの後の荷台に乗せてもらって一緒に配達に回ったりしました。その時の爽快さは、当時の
私には堪らないものでした。体質的に気管支系統が弱かった私は、めったにバイクに乗せてもらえません
でしたが、余計に乗せてもらった時の喜びが記憶に残りました。
 小学2年から大学4年まで(大学は愛知・C大学豊田学舎、といっても体育学部ではない)同じ町内
ではありましたが引越しがあり、バイク屋さんとは疎遠になっていくわけですが、大学在学中には、バイク
好き・バイク乗りの連中が回りにいたわけで、その流れのなかで中型二輪免許を取りました。
 同じ大学で初めて声をかけた友人がNSR250乗りでしたし、同じ大学に進学した高校の同級生の部屋の
隣室の住人は、福井から来たFZR400乗り。同じアパートに住む住人は広島のクラブマン乗り、同じゼミの中
にはVガンマ乗りやDT乗り。まあ、基本的に金の無いのが大学生でしたから車じゃなく、バイクだった面もある
のでしょうが、当時はツーリングサークルがとっても活気があった、という時代だったのでしょうか。
 中でも、同じアパートに住んでいたGB250クラブマンに乗った奴が、人間的にも最高でした。一年次の時は
中古のゴリラをどこからとも無く持ってきて、綺麗に分解して隅々まで掃除して又油をさしながら組み上げて
しまう技術の持ち主でした。そして、2年次の夏だったでしょうか、夏休み明けにGBの2型に乗って福山から
戻ってきました。バイトをして中古を買った、という学生ならではのパターン。
 そのあとは、授業の無い時は徹底的にバイクを磨き上げ、ピカピカにしてはどこか山に行くというパターンを
繰り返していました。バイクとお笑いとプロレスと佐野元春をこよなく愛す男は、今は福祉施設で働いている
ハズ・・・。あらゆる点で影響を与えてくれました。
 帰省時はバイクに乗って帰りました。愛知県豊田市から富山県福光町までは国道を乗りついで行く(確か
瀬戸・多治見・関から156線に)パターンと、名阪・名古屋ICから北陸道金沢東ICで行くパターンがありまし
たが、お金を浮かして少しでも遊ぶ金が欲しい学生としては、当然前者になる訳です。
 ちなみに、当時乗っていたバイクはSUZUKIのGS250FW赤ラインです。カタナと同年代位の生産の
もので、知人から「オフロードに乗り換えたので余ってるからどうだ、安く」と言うわけで譲ってもらいました。
 元々は、ネイキッドタイプで出来たらSR400等の単発や、当時発売されたばかりのVT-SPADA等の
Vツイン、4発でもやはり当時発売されたばかりのバンディッド250がお気に入りだったのですが、そこは
金欠学生、「とりあえずこれでバイク自体に慣れよう」というわけで、カウル付のFWに乗ってました。
 92年に就職してからも1年間はバイクに乗ってたのですが、次第に乗る暇が無くなり、とうとう全く乗らなく
なって1年、仕事先のバイトのコにFWを譲る事になりました。これ以上放置していたら、バイクがかわいそう
でしたので、まだ乗ってもらえればこれ幸い、というわけで譲りました。
 この時期にSRVを雑誌で見て、とても綺麗なバイクだな、と思ってみていました。アルミ部品をふんだんに
使っておりピカピカ輝き、足つきも良さそうだし、250でこれだけ細身なら、163cmの私でも乗れそうだし、
何よりVツイン、というのがポイントでした。
 それから、5年の歳月が経ち、私は会社を辞め実家の稼業を手伝い始めました。父と同様にカブで商品の
配達をする毎日。私自身の車は初代ユーノスロードスター。オープンツーシーターも良かったのですが、子供
が出来ると、両親に対する私への圧力が高まってきました。「普通のファミリーカーにしなさい」と・・・。
 そして、2001年2月、私が業務用兼自家用のワゴンRを事故らせて廃車に追い込んだ時、その圧力は頂点
に達し、私の車は、ロードスターからマーチ1000の、それもオートマに変わりました。
 それから半年後、配達用の50ccヤマハメイトが調子を崩したの機に、90ccカブに乗り換えました。たった
40ccではありますが、大きな喜びでした。何がいいかって、警察さんを気にしてトロトロ30kmで我慢しなくて
良くなった事、90km出せることで、遠出も可能になったことです。
 と同時に、遠出すると尻が痛い、高速に乗れない等、徐々に不満も出てきました。
 そんな時に、03年隣のバイク屋さんに何気なく「単発かVツインのニーハンでいい中古無い?」と聞いたのが
運命でした。「SRVなら今あるわ〜」という返事。なんでも、女性の持ち物で、結婚を機に倉庫に眠らせている
ものとの事。94年式2型で色は赤。ということは、マイナーチェンジ後ということです。何も考えず即決でした。